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Saturday Night
2012-04-09 Mon 01:50
15歳の頃

男なら誰しも一度はこんなことを思うだろう。

「うら若き女性たちにモミクチャにされてみたい」

健康な男子であれば自然な欲求である。けれども実際に「モミクチャ」にされるためのハードルはとても高そうだ。なにしろ「モミ」だけでも相当いかがわしいのにそれに「クチャ」まで加わるのである。

「モミクチャ」までの分かりやすいルートを挙げればアイドルになる事であろう。ジャニーズ事務所に所属する若きアイドルたちは日々「モミクチャ」を味わっているに違いない。中には「もうモミクチャは勘弁、そっとしておいてください」などと世の中のモテない男子の神経を逆なでするような台詞を口にするアイドルさえいるようである。

しかし、これはなかなか高いハードルである。まずもって生まれながらの容姿に恵まれなければならない。加えて歌も上手で運動神経にも優れ、バク転なども軽くこなさなくてはいけない。

その頃、中三だった僕にとってこれらのハードルは越えようもないぐらい高く、下手すれば、手を挙げてくぐれるような状況である。そんな僕がとあることから図らずも「モミクチャ」にされたのであった。

時代を遡ると1970年代の後半が僕の思春期真っ只中という事になる。当時の僕は洋楽に目覚めた頃で、その情報の素は、かの有名な夕方のバラエティー番組「ぎんざNOW」であった。この番組の木曜日に「ポップティーンポップス」というコーナーがあり、毎週洋楽のベスト10を放送していた。今では当たり前になっているPVがとても刺激的であった。

最近YouTubeで検索すると当時の映像が出てきて、懐かしさで感涙にむせぶことしきりである。ベスト10常連のアーティストと言えば名だたるビッグネームが揃う。「Queen」「ABBA」が僕のお気に入りでフレディーマーキュリーが「伝説のチャンピオン」で見せたタイツ姿はいまだに記憶に残っている。「Kiss」のジーンシモンズが先生だったという事実に驚き、はてまたランナウェイズのボーカルのチェリーカーリーは「奥さまは魔女」のタバサちゃんだったなどという嘘かまことかわからぬ情報に日々心を揺らしていた。

ベスト10に入ってくるアーティストは大きく分けて2種類あった。ひとつは実力派のミュージシャンたちで「イーグルス」「エアロスミス」「シカゴ」「ビージーズ」といった面々だ。「ELO」が好きで順位がいつも気になっていた。そのほかには「アースウインド&ファイア」ディスコサウンドも花盛りで「アラベスク」や「ボニーM」なども上位をにぎわしていた。
もう一つのグループがいわゆる「アイドル系」のアーテイストやグループだった。女子中高生を中心にこれまた絶大な人気を誇っていた。「バスター」「ロゼッタストーン」「スコッティーズ」少し渋めでは「チープトリック」ソロでは「ショーンキャシディ」ビージーズのギブ兄弟の末っ子である「アンディーギブ」といったところだ。

そしてその人気の中心は何と言っても「BCR」そうベイシティーローラーズということになる。とにかくその人気は絶大で、タータンチャックに身を包んだファンの女の子たちが本物がいるわけでもないのにスタジオの外から黄色い声援を上げていたものである。

友人のO君がBCRの大ファンであった。男なのに大ファンであった。ちょっぴりオネエ系のにおいのする素敵な友人であった。

そんなO君に誘われた。

「武道館にBCRが来るんだ、一緒に行こう」
「でも、男のファンなんてあんまりいないんじゃないか」
「ここにいる」
「何だか恥ずかしいよ」
「そんなことはない、一緒に応援しよう」
「でも、チケットも高いだろ」
「ここで見なければ一生後悔する、それでもいいのか」

半ば強引に説得された僕は、なけなしの小遣いとお年玉の残りで武道館のS席のチケットを買わされ、さらにはベスト盤のLPレコードをこれまた半ば強制的に買わされて3か月後に控えた武道館公演を待つこととなった。

最初は「えらいことになった」とやや消極的な気分だったが、それでもレコード聞きこんでいくうちにだんだん心惹かれていった。ポップティーンポップスで毎週のように流れていたので曲は結構知っていたが、アイドルグルーブと思えないほど楽曲がいいのである。ボーカルのレスリーマッコーエンの歌唱力は素晴らしい。ポップティスト溢れるリズミカルなロックとバラードで見せる趣のあるボーカルは聞けば聞くほど味のあるものだった。僕も次第にコンサートの日が待ち遠しくなってきた。

さて、いよいよコンサート当日である。九段下の駅から武道館へと向かう道をO君と歩きながら僕は目をパチクリさせていた。

「おい、ちょっとすごくないか」
「なにが?」
「何がって、男、俺たちだけじゃない?」
「かもな」

O君はあっさり言うが、武道館へ向かう長い行列の中に男の姿がまったく見当たらないのである。もちろんゼロという事はないだろう、しかし、僕の記憶の限りでは99%が女の人なのであった。

さて、ここでようやく冒頭の話題に戻ることになる。武道館の入り口前には1万人近いであろうファンが開門を待っている、しかし、まだ開演の2時間以上前なのだ、入口は閉じたまま、そこに次から次へとファンが押し寄せてくるわけである。そして、その99%(主観)がうら若き女性なのである。間もなくして、溢れる人々が密着するまでの込み具合となってきた。明治神宮の初詣並みの込み具合だ。身動きが取れない。それでもあとから続々と観客がやってくる。

その時だ、危険を回避するためであろうか予定より早く入口が開いたのだ。あちこちからメガホンで「危ないですから押さないでください!」という怒号にも似た声が聞こえる。しかし、ファンの心理は止まらない、1万人近い群衆が川の流れのように入口に向かって流れ出した。

「モミクチャ」の始まりだ。純情な中三男子の僕とちょっぴりオネエ系の中三男子のO君は女性だらけの川の流れの中を息もできないぐらいに「モミクチャ」にされながら泳いでいく。とにかく流れに逆らうと危険なのだ、立ち止まれば将棋倒しよろしく命落としかねない。

僕は人生最初で最後の「女の子の中にモミクチャ」状態で約10分間何とも言えぬ気分を味わうことになった。今思えば「中学生でよかった」と思う。これがもし中年男子ならば、女子の視線は相当厳しいものと察せられ、満員電車での痴漢冤罪事件が一度に30件くらい起きても仕方がない状況であろう。

この幸せなのか不幸なのか分からぬ「モミクチャ」状態のまま10分後僕らは何とか無事に武道館のオーディエンスとなれたのであった。

コンサートはこれまたものすごいものだった。とにかくファンの声援のボリュームが大きくて、純情な中三は最初から最後まで戸惑うばかりである。ちなみに生まれて初めてのコンサートであった。

そんな中彼ら最大のヒット曲「サタデーナイト」のイントロが始まった。ご存じのようにこの曲のイントロでは「S・A・TUR・DAY・NIGHT!」とファンは大合唱するのであるが、その際に全員が足踏みをするのだ。これがすごかった、地鳴りかはてまた地震か、武道館が揺れている、本当に揺れている、僕は客席が崩れるのではとおののきながらその迫力に圧倒されていた。

約1時間半のコンサートの間中、歓声と振動は止むことがなかった、そして入口に到るまでのものではないが「モミクチャ」に近い状態で僕らもその祭りの中にいた。失神して運ばれるファン多数。

コンサート終了後、冷めやらぬ熱気の中を中三2名は精根尽き果てたように地下鉄へと歩む。

O君が言う「最高だったよな」
僕が答える「最高だったよ」

あれ以来僕の人生で女性に「モミクチャ」にされたことは一度もない。


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