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サクラサク
2014-03-09 Sun 00:00
三月

 世は間もなく春を迎えようとしている。
 先般都会に降ったあの豪雪もしみじみ考えれば春を間近に控えた名残りの雪であったのかもしれない。

 春と言えば「合格」
 受験シーズにもほぼ終わりを迎え、中学、高校はすでに合格発表を終え、残すは一部の国立大学のみといったところであろう。

 合格を手にした受験生は本当に安堵に満ちた優しい顔になる。
 合格してから入学までの一ヶ月あまりの日々は、人生の中で特別な心地の日々である。今までの緊張から解放された安堵感と解放感。残りわずかな在学生活を思っての寂寥感。そして、もちろん4月からの新しい生活への期待感。様々な思いが入り交ざった独特の匂いがする。例えてみれば明るい色づかいの印象派の絵画のような毎日だったのでないか。

 受験の思い出を紐解いてみたい。

 僕の最初の受験は高校受験であった。

 思い出すと「いい」思い出が8割、「苦い」思い出が2割といったところだ。楽しかったのは、友達と大晦日に合格祈願に行ったことや、合格後の「印象派」期間をやはり仲の良かった何人かの親友たちと毎日会っては中学時代の思い出や高校へ向けての決意などを語り合ったことだ。全員違う学校に行くことになっていたので、それは別れの儀式のようでもあり、今思い出しても濃密な時間だった。

「苦い」思い出は、単純に数学が苦手だったこと、人間には得手不得手があるのだ。僕が特に苦手としていたのが動き出す「点」だった。グラフ上を点が1秒間に1センチずつ動いていくという類の問題である。この問題が出てくると僕は心の中で(頼むから止まっててくれよ)と懇願してみるのだが、敵は情け容赦なく進んでいく。この後、高校へ進学し「ベクトル」と「虚数」に遭遇した時点で、僕の数学への興味と闘う意欲は完全に消滅した。

(何で、矢印を足したり引いたりできるんだよー)
(何で二乗するのにマイナスになるんだよー)
 
 数字を見るとジンマシンが出るハクション大魔王に今でも親近感を覚える僕だ。

 もう一つの「苦い」思い出は、ごく一部の人には共感してもらえると思う。一部の人とは東京に在学した40代から50代の方々である。
 当時の都立高校の受験制度を「群制度」という。今と違って自分の行きたい高校を受験することが出来ないシステムなのだ。
 僕は家から徒歩3分のA高校に行きたかった。しかし、同時の制度ではA高校を含む「群」を受験することになる。この「群」の中にはA・B・Cの3つの高校が属しており、受験生は「群」の基準に合格したのち3つのどれかの高校に振り分けられる、その振り分け方法とは・・「抽選」!

 まさにプロ野球のドラフト制度よろしく、自分の希望は全く聞き入れられないのだ。B高校は我が家から電車で30分、最寄駅のないC高校に至っては、我が家から徒歩で1時間だ。はたして、合格発表の日、僕の名前はC高校に貼り出されていたのである。

 巨人に指名されたかった江川卓がクラウンライターに指名された心境がほんのちょっぴり分かる気がした。江川のように浪人することなど当然できずにかくして僕はC高校へ進学したのだ。

 この「群制度」は悪評高く、この後何年かして制度が見直されるのだが、僕と同じ思いをした当時の中学三年生は少なからず存在するはずである。

 大学受験はその点完全に自分の意思が尊重される。しかし、ハードルが高いのもまた事実だ。現在はセンター試験だが、僕の時代は共通一次試験である。国立に行きたければこの試験を受けなければならない。科目はなんと5教科9科目である。その中には僕の苦手な数学があるではないか。文系志望の僕だが数学と理科のテストを受けなければならない。僕が受験勉強を始めたのは高3の6月である。この時僕は、沈思黙考の末3分後に・・「無理!」という結論を導き出した。そして、両親の許しを得て3科目受験の私立大学を計5校受験した。

 結果は3勝2敗・・勝ち越してはいるのだが、僕の第一志望は全国的に有名なW大学であった。大隈何とかという人が創立したという高田馬場あたりにある大学らしいが、ここではあえて名を伏せることにする。

 W大学の試験に落ち、うなだれつつ、半ば世を果敢無み、やさぐれてキャンパスを歩いていると何やら怪しげな集団が僕の周りを取り囲んだのだ。

「な、なんですか、あなたたちは」
 僕がうろたえつつも質問を投げかけると
「あなたは、今、幸せですか?」
 僕は気勢をそがれ
「落ちたので不幸せです」
 すると
「あなたの幸せを祈らせてください」
 僕
「結構です」

 どうやら何かの宗教らしい、よほど僕から負のオーラが漂っていたのか、彼らはそれを見逃さなかった。危うく高価な壺か何かを買わされるところであった。

 次に就職試験、僕は教員志望だったので教員採用試験であった。この試験が一番気合を入れて受けた試験かも知れない。何しろ、自分の夢をかけての挑戦だ。試験は真夏の7月下旬、場所は何の因果かW大学であった。試験会場にれいぼうがない事を知った僕は「暑さに負けない作戦」を実行した。採用試験の模擬テストを6月の蒸した梅雨の時期、自宅の窓を閉め切り、トレーナーを着こみ冬の装備で行うのだ。マラソン選手は練習で50キロを走るというではないか、本番以上に酷な環境に身を置き練習すれば本番は楽に感じるという仕組みである。

 体感温度は45度!草津温泉の湯船に浸かりながら試験を受けている状況だ。
 模擬試験終了後・・僕は干からびたミイラのごとく畳の上に倒れこみポカリスエットを痛飲した。

 という努力が報われたのかどうかはわからないが、僕は採用試験にB合格という名目でかろうじて採用された(A合格はとても優秀で即採用、B合格は空きがあったら採ってあげるかもしれないからね、というものである)

 かくしてあの日、僕も社会人としての初々しいスタートを切ったのだ。

 だが、人生とはわからないもので、その後、夢に見た教師生活も紆余曲折の末16年で挫折することになる。挫折したその時は「なんて不幸なんだろう」とわが身を嘆いてもみたが、人生万事塞翁が馬、今の仕事を僕は天職と感じ毎日に感謝しながら生きている。

 「サクラ サク」 

 そして、新たな世界に飛び込む若人たちよ!

 おめでとう! 力いっぱいアクセルを踏んでもらいたい。

 その後、走り続けていく中で、人生が思い通りに行かなくなる時もあるだろう、その時もそう悲観することはない、人生はどう転んでゆくか分からないのだから・・


 祝 合格!


合格



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